君が望む永遠・二次創作(連載モノ)
愛の園(アイのソノ)
第一章 再会
1.電車のふたり
8月10日、夏真っ盛りという言葉が似合う、暑い昼下がりだった。冷房のガンガン効いた電車は乗客もまばらで、ただレールの音だけが車内に響いていた。
「ん~、電車の中は極楽だよなぁ。こういうときは外を歩くのも難儀だからなぁ・・・」
一人の男が、独り言のように呟いた。ここ数日真夏日・熱帯夜が続いて、職業柄、慢性寝不足の彼にとっては、夏が一番苦手な季節だった。
電車の揺れが心地よいリズムを刻み、彼はウトウトしていた。丁度その頃、電車は滑るように欅町駅に到着した。昼下がりと言うこともあり、乗降客はラッシュ時に比べるまでもなく、まばらだ。うつらうつらとしていた彼の視界にふと、気にかかる光景が飛び込んできた。
向かいの座席に腰を下ろした二人連れだった。
ぱっと見は、大学生風の男と、女子高生の二人連れ。座席に腰を下ろすと、女の子の方が男の肩に寄りかかるようにして、仲むつまじく見える、と言いたいところなのだが、それにしては女の子の様子がちょっと変だ。席に座ってから一言も話をしていないし、第一顔色が悪すぎる。息も荒い感じだった。
「うーん、どう見ても立派な病人だよなぁ?」
彼は何処に居ても仕事から抜け出せないらしい。そう言えば彼の紹介がまだだった気がする。彼の名前は京本貴之、柊中央町にある「柊中央クリニック」の院長。今でこそ最前線で診察するということはほとんど無くなったが、そこはやはり現場魂(?)が抜けきれないのであろう。お節介にも、彼は二人連れの男の方に声を掛ける。
「あのー、ひょっとして具合悪いんじゃ?そのお嬢さん・・・」
向かいの男は一瞬びっくりしたような表情で、それでも京本の方を向いて答えた。
「へっ?あのー、そうなんですが、あなたは・・・?」
男は不審げに訪ねた。それもそうだろう。いきなり見知らぬ男から声を掛けられて、しかも京本はTシャツにジーンズ、おまけにサンダルという格好であった。100人が100人ともまさか医者だとは思わないだろう。京本は慌てて、
「や、怪しいモノじゃ無いんですよ。私はこう見えても医者でね・・・」
刑事コロンボよろしく、髪を軽く掻きむしり、クリニックのIDカードを見せながら答えた。非番で病院に行っても、看護士の皆からは「どうやってもお見舞いの方です!」などと言われているのはナイショであるが。
「あ、そ、そうなんですか。それで・・・?」
男はまだ警戒しているらしい。ま、そりゃそうだろう。彼の隣にいる女の子は、ひいき目に見ても可愛い。いや、京本はロリコンじゃないが、可愛いモノは可愛いのだ。
「・・・って、俺そんなに下心有るように見える訳?(笑)」
京本は心の中でつぶやきながら、訝しげな男の表情にはかまわず、女の子の額に手をあてて、診察を始めてしまった。
んー・・・。こりゃ完全に風邪をこじらせてるな。疲労も強い。おそらく今は精神力だけで持ちこたえているんだろう、この子は。そういう意味じゃ、強い子だな、などと思いながら・・・。
「・・・病院で看てもらったのかい?」
連れの男に声を掛ける。
「一応、看てもらった、というか、薬は出してもらったという感じですね。たまたま病院の外で辛そうにしていたのを見つけたんで、つれて帰ろうと思って」
男は簡潔に経緯を話してくれた。自分の恋人の見舞いに行っている事、女の子は恋人の妹だと言うこと、このところ部活が忙しくて疲れが溜まっていたのに、毎日姉の看病でダウンしてしまった事などなど・・・。
そういう理由なら話は分かる。が、出来るなら一刻も早く病院なり自宅なりで寝かしつけて安静にさせないとまずいな、こりゃ。・・・とりあえず自宅の場所聞かないと話にならん、京本は案外冷静に思った。
「この子の家は何処?」
男の方は言っていいものかどうか一瞬迷った後、
「柊南町ですけど・・」
と答えた。
「柊南町か、ウチの病院は柊中央だからな・・・。自宅で安静にしていた方がいいだろうなぁ。ん、わかった。」
京本はおもむろにドアの近くに行き、携帯電話を取り出して「ちょっと失礼」と声を掛けると、自分のクリニックに電話を入れた。間髪入れず電話に出たのは偶然にも夜勤明けの内科部長、吉田美由紀だった。
美由紀は京本とは大学時代からの腐れ縁で、京本が院長に就任と同時に他のクリニックから引き抜いてきた逸材でもあった。
「あぁ、オレ。悪いんだけど、大至急柊町駅にオレの車を回してくれないかな?うん、あと20分くらいで駅に着くんだけど、電車で急患に出会ってね。それと解熱剤一式持ってきて欲しいんだ。そうそう、いつものヤツね。じゃ、頼んだよ」
そういうと、静かに携帯を閉じて、再び男に近寄った。
「という訳だから、ウチのスタッフから車と解熱剤を持ってきてもらうんで家まで送って行くよ」
手短に説明すると、明らかに男は困惑していた。
「なんで、見ず知らずの人にそんな親切な事が出来るんですか?」
男の、ごく当たり前の質問に、京本はこう言い放った。
「ん~、なんて言うのかな。やっぱり職業病なんだろうな。放っておけないんだよ。」
京本は笑みで答えた。男の目を真っ直ぐに見ながら。京本にすれば、半分は冗談、でも半分は本気なのだった。
「わかりました。じゃ、お言葉に甘えさせて頂きます。」
男は一応、俺を信用した様子だった。
「茜ちゃん?聞こえる?今、お医者さんが家まで送ってくれるってさ。もう少しの辛抱だから。」
女の子を気遣いながら、男は優しく肩を抱いてあげていた。本当に、仲の良いカップルにしか見えないのだが・・・。女の子が正気無い姿じゃなければ。
「ん・・・。」
女の子は、何とか返事をしたという感じで、いかにも苦しそうだ。その姿が一層痛々しい。
「申し遅れましたが、私は京本と言います。君は?」
俺は時計を見ながら、簡単に聞いた。
「あ、俺は鳴海、鳴海孝之と言います。」
「おー。下の名前は私と同じなんだね」
「え?そうなんですか?」
「そうそう。私は『貴之』って書くんだけどね」
京本はそう言うと、懐から名刺を取り出して、鳴海に手渡した。
「あ~、こういう字ですか。俺は『孝之』なんですよ。それにしても名前が同じなんてホントに偶然ですね。」
鳴海もにこやかにそう答えた。
と、電車がスルリと柊駅の構内に入った。まもなく到着だ。
「よし、それじゃ降りる準備して・・・。あ、荷物は私が持つよ。」
言うが早いか、大きなスポーツバッグを抱えて、ドアの近くに移動した。それに連れて二人もゆっくりとドアの近くへ。
やはり、女の子の方は苦しそうだ。が、電車の中に居て解決する問題でもない。鳴海はほとんど引きずる感じで、開いたドアから静かに降りていった。そして改札を抜けるまでは・・・。たっぷり5分はかかった。
2.昔の風景
「うーん、何処に居るかなぁ・・・」
駅前のロータリーを一頻り見渡し、独り言。 ・・・お、いたいた。京本はまっすぐ愛車に向かう。
「よし、こっちだ!」
と二人に声を掛けると、一目散に車へと掛けより、トランクを開けて荷物を入れた。そして、リアドアを開けると二人を招き寄せた。
「さ、こっちだ。ゆっくりとお嬢さんを座らせてやって」
二人の様子を気遣いながら、京本は病院のスタッフと簡単に話をする。その脇では半分意識の無い人間を無理矢理シートに納める様な感じで、鳴海が相当苦労していた。京本はもう一人のスタッフに手伝うように指示をし、受け取った鞄を念のためチェックした。よし、例のヤツは揃ってるな。さすが美由紀嬢。
ようやく二人とも乗り込むことが出来、京本もドライバーズシートに身を沈める。
「さて、ちょっと急ぐから鳴海君はシートベルトをして、お嬢さんをしっかり抱えていてくれよ」
なんだかやる気満々な京本だったが、肝心な事を忘れていたのだった。
「そういえば、お嬢さんの家は柊南町のどの辺なんだい?」
後ろを振り向くと、大丈夫なのかなぁと冷や汗をかいて居る鳴海・・・。
「えーと、柊南町の15番地です。大きなスーパーがある交差点を右折して、あとは道沿いに行くと右側にあります」
「了解了解。直ぐに到着するからね、もう少しの辛抱だよ、お嬢さん」
そういうと京本はギアをドライブレンジに入れるとおもむろに車を発進させた。
しばらくの間、沈黙が続く。聞こえるのは女の子の息苦しそうな音だけ。京本は普段マシンガントークな人間で有名で、どう重苦しい雰囲気が苦手だった。仕方ない、そうつぶやくように、沈黙を破るかのように、京本は口を開いた。
「しかし久しぶりだな。柊南町は以前住んでいた所なんだよね」
「え?そうなんですか。こりゃ偶然・・・」
鳴海が相づちを打つ。
「そう。この道を真っ直ぐ行った突き当たりを右に曲がってね。そこから数分の所に住んでいたんだよ。ただ、医学部を卒業する時に俺は一人暮らしを始めてね。その後法科大学院に入り直したんだけど、その頃には両親は仕事の関係で引っ越ししてしまったんで、それ以来柊南町には顔を出さなくなってしまったんだけどね。」
まくし立てるように話をしているウチに、鳴海には見慣れた風景、京本にとってはとても懐かしい風景が車窓に広がる。
「あ、この道沿い、数百メートルです。右側に涼宮という家があるので、そこでお願いします。」
と、鳴海君が口にした途端、京本の表情は固まった。
「・・・涼宮?その子、涼宮さんって言うのか!?」
京本は思わず大声で叫んだ。びっくりした鳴海は、
「え、ええ。そうですが・・・。涼宮茜ちゃんと言うんです。」
「ひょっとして、お姉さんは『遙ちゃん』じゃないか!?」
「!?何故、遙の事を知ってるんですか!!」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきで鳴海が答える。
「・・・偶然っていうのは、有るんだな。そっか、茜ちゃん、こんなに綺麗になってたなんてなぁ・・・全く分からなかったな。」
鳴海はますます面食らってしまった様子だ。そりゃそうだろう、初対面の人間が、自分の恋人そしてその妹までも知ってるなんて。
びっくりしている鳴海に京本もようやく気が付いたのか、理由を話し始めた。
「柊南町に住んでいたってさっき言ったよね?実は涼宮家とはお隣同士だったんだよ。そんなもんだから、涼宮姉妹とは良く遊んだんだよ。年は離れていたけどね。」
京本は苦笑しながら答えた。頭の中に、その時の二人が鮮やかな映像で蘇る・・・。そうしている間にも、車は静かに涼宮家へと横付けされた。
運転席のドアを開くと、京本は後ろに回り、鳴海と二人で茜ちゃんを抱きかかえるようにして降ろした。そして玄関までの階段を登り、懐かしい涼宮家の玄関をノックした。
「変わってないな、ここも。相変わらず、でかい。」
京本はヒトリゴトのようにつぶやくと、玄関のインターホンを押した。
「はいはーい、ちょっとお待ちくださいねぇ~」
ほのぼのとした声が家の奥から聞こえた。京本はその声に懐かしさを隠せない様子で、
「あぁ、薫さん、変わってないなぁ。あの独特のしゃべり方。」
とにこにこしながらつぶやいた。傍らでは鳴海も納得したのか、にこやかな表情だ。間もなく、重厚なドアが開かれた。
「あらあらあら・・!茜、どうしたの、いったい!?あら、それに鳴海君まで・・・。ってひょっとして・・・、京本君かしら??」
「大変ご無沙汰しておりました、薫さん。偶然って言うのはあるものなんですね、ホント」
京本は鳴海と二人で茜を抱え、家の中に入りながら事の次第を簡単に説明した。
薫は納得したようで、先に茜の部屋へ行き、ベッドの用意などしているようだった。それに続く男二人。
「それにしてもごめんなさいねぇ・・・。茜ったら無理ばかりして・・。」
薫は口を動かしながらもせっせと動いている。京本と鳴海の二人で茜をとりあえずベッドへ横たえた。相変わらず息苦しそうだ。京本は素早く手元のバッグから体温計を取り出し、熱を計った。すぐ側では薫と鳴海君が心配そうに見守っている。
程なく「ピッ」という音が鳴った。京本は茜から体温計を取り出して、体温を確認。
「・・・39度5分ねぇ。よくもまぁ病院まで行けたものだな」
後ろ頭に冷たい汗を感じながら京本は呟いた。側の二人も流石に驚いたらしい。体温計をしまうと、いつものように解熱剤を取り出し、茜に注射する。
「ちょっとちくっとするけど、我慢してね、茜ちゃん。って聞こえても返事出来ないか」
「・・・ははは(汗)」
後ろの二人とも苦笑いしていたのであった・・・。
3.「幼馴染み」
「・・・さて、と。これで大丈夫ですよ。ただ、この解熱剤、強力なんでしばらくは熟睡してしまうんですけどね。その代わり、効き目は保証しますよ。」
京本はバッグに注射器を仕舞いながらそう答えた。そうしているウチにもバッグの中から鎮痛剤や錠剤などを見繕って、薬袋に入れる。鮮やかな手つきだ。
「本当にすみません・・・。茜ったら全く・・・。」
薫はいつにもなく申し訳なさそうに頭を下げている。傍らでは鳴海も同様に頭を垂れていた。
「いやいや、俺で無くても、鳴海君が自宅まで連れてきてくれてたら多分同じ結果になっていたと思いますよ。先程、病院で処方してもらった薬っていうのも見せてもらいましたが、私が用意したのと基本的には同じだし。流石欅総合病院だなって感心しましたよ。」
そう、欅総合病院はこの辺りでは屈指の巨大総合病院、京本のクリニックなんぞ比較にならない位最新鋭の設備・スタッフが揃っている。ま、その代わり、柊中央クリニックは金がかかっていない分、人情に厚い(笑)病院としてそれなりに有名だったりする。何よりスタッフが個性的で、京本個人としては仕事をしていて飽きないのであった。
そんな話をしながら、三人ともリビングへ降りてきた。薫がキッチンからアイスティを持ってきてくれる。京本も鳴海もあまりの暑さと緊張感が途切れた拍子に、一気に飲み干してしまった。
「いやー、相変わらず涼宮家のアイスティは旨いですねぇ。」
「あらあら、お世辞を言っても何にも出てきませんよ?・・・お代わり位なら大丈夫ですけど」
京本と鳴海は笑いながらも薫にお代わりをお願いしていた。
「あら、鳴海さんはアルバイトの時間は大丈夫なのかしら?」
不意に薫が呟いた。
「あ!そうでした・・・。茜ちゃんが心配ですっかり忘れてた・・・」
「なら、早く支度をしないと」
「い、いや、でも・・・。」
鳴海はまだ心配らしい。そりゃそうだろう。あんな状態の茜に付き添って来たんだから。
「あ、しばらくは俺が付き添っていることにするから、鳴海君はアルバイトに行った方がいいぞ。どうせ俺は今日は直帰する予定だったし。っていうか本当は休みだったんだけどな」
まぁ、家に帰ってもすることもないし、何より何かあった時に医者である俺が側に居た方が何かと便利だろう、京本はそう考えると鳴海に向かって答える。しばらく考えた末、鳴海が口を開く。
「・・・それでは、お言葉に甘えて。」
「そうなさい。茜にはちゃんと言っておきますから」
「すいません・・。」
鳴海はぺこりと頭を下げると、携帯を取り出して電話をはじめた。おそらくアルバイト先へ遅刻の連絡をしているんだろう。しばらくして、鳴海は
「本当にすいません。失礼します。」
と言って涼宮家を後にした。
・・・リビングには京本と薫の二人。何をする訳でもなく、しばらくの間ぼけーっとしながら、昔話などしていた。
かれこれ2時間ばかり経っただろうか。ふと時計を見ると17時過ぎ。そろそろ解熱剤も効いて熱も下がった頃だろう。京本は薫に一言告げ、茜の部屋に向かおうとした。と、その時、二階から扉を開ける音が聞こえた。それと同時に、
「・・・ん?おかあさん、私・・・・・。倒れちゃったの?よく覚えてないんだけど・・・。
と、半分眠ったような声で、茜が顔をだした。リビングに居る薫に向かって声を掛けたのだろう。薫が茜に声を掛けようとするよりも先に、思わず京本が声を上げていた。
「お!薬も効いてお目覚めだね、茜ちゃん。いやー、良かった良かった」
「・・・え?あ、あの・・・?」
茜はきょとんとした表情で答える。
「んー、覚えてないかなぁ。ほら、昔お隣さんだった・・・」
「え?・・・ひょっとして・・・・・。おにーちゃん?おにーちゃんなの?」
「おっ!思い出してくれたか。よしよし♪」
京本は満面の笑みを浮かべながら、そろりそろりと階段を下りてくる茜の元に歩み寄った。そしてごく自然に茜の手を取ると、リビングまで寄り添うように歩き、薫の側へ腰掛けさせた。
「いやぁ、それにしてもさっき会ったときは茜ちゃんだって気が付かなかったよ。・・・とても綺麗になっていたんで」
京本が真面目な面持ちで言うと、茜は心持ち顔を赤らめながら、つぶやいた。
「おにーちゃんも・・・。すっかり大人っぽくなったね。うんうん♪」
「ん?そりゃオヤヂになったってことか?」
「うーん、そうとも言うかなぁ・・・。なーんて、嘘だよ、おやぢじゃ無いよ。」
楽しそうに茜がはしゃぐ。薬が効いたのか、先程の荒い息づかいは何処へやら、体調は大分良さそうだ。そんな茜と京本のやり取りを聞きながら、薫はキッチンへ向かい、アイスティを入れている。
京本と茜、「歳の離れた幼馴染み」の二人が約10年ぶりに再会したのはある夏の昼下がりの事であった。