2005年10月20日・涼宮茜聖誕祭記念SS

あなたに出逢えて

ザァー・・・・・。

 秋の長雨とは良く言うもので、じめじめした空模様が二日も続いている。そんなある日の出来事。



「はぁ・・・」
 何度目のため息だろう。昨日からずっとこんな調子なんだよな。どうしちゃったんだろ、私。今までこんな事無かったのにな。

理由は解っている。


 姉さんは3年間もの間、眠り続けた。そして去年の夏、突然目を覚ました。それはまるで、ちょっと寝坊しちゃったというような感じで、ごく自然に目を覚ました。
  それから、ようやく時間が動き出したような気がする。ゆっくりと、そして確実に・・・。


 「はぁ・・・」
 何度目かのため息。そしてネガティブシンキング・・・。

そっか、私不安なんだ。


 姉さんが目覚めるまでの3年間。そしてこの1年間。決して平坦な道のりじゃなかった。ううん、むしろ苦難の道っていうのかもしれない・・・。

きっと私、不安で仕方ないんだ。


 そう、本当なら、あの人の傍にいるのは私じゃなくて姉さん。笑って、泣いて、デートして、時々ケンカなんかしちゃって・・・。本当なら、その役目は、私じゃなくて姉さんだったんだ。
 なんて考えが、多分この1年間、意識しない所で大きくなってたのかな。だから、私、ため息ばかりなんだ。


 うー、ダメだダメだ、なんかテンション下がってるよー。

 「♪♪♪~」

 あれ?この着信は・・・。


 「もしもし?」
 「あ、茜? もうすぐ研修が終わるからさ、あと1時間位で帰れそうだよ。」
 「あ、うん。わかった・・・。」
 「ん?どうした?元気ないなぁ。俺が二日も居なくて寂しかったか?」
 「なっ!ばかな事いわないでよ!なんで私が・・・」
 「ははっ。怒らない怒らない。ま、もうしばらく待っててくれよ。んじゃなー」
 「・・・うん、気を付けて帰ってきてね。」


 通話が切れた。携帯からはツーツー音しか聞こえない。でも私は、携帯を握りしめたまま、なんとなくぼーっとしちゃう。昨日の夜だってちゃんとお話したのに・・・。

やっぱり寂しいのかな?私・・・。


 ま、落ち込んでばかりもいられないか。もうすぐ孝之さんも帰ってくるし、ちょっとお部屋の掃除でもしておこうかな。この部屋で帰りを気持ちよく迎える為にね。
 さて、片づけが終わったら夕食の下ごしらえでもしておこうかな・・・。




 んもう、あと1時間とか言って、もう2時間じゃないのよー!まったく何してるんだか・・・。私がどんな想いで帰りを待ってると思ってるのよ。はぁ・・・。




 ・・・もう11時だよ。何かあったのかな?・・・なんてダメだよね。そんな事考えてちゃ。でも本当にどうしたんだろ・・・。なんか胸が苦しいよ。早く、帰って来てよ・・・。




 「ぴんぽ~ん♪」
 あ、やっと帰ってきた!!

 「まったく何してたのよー。あんまり遅いから心配しちゃった・・・ってあれ?姉さん?」
 「悪い悪い、ちょっと準備に手間取っちゃってさ。な、遙?」
 「茜、ごめんね~。ケーキ焼いてたら失敗しちゃったの~・・・」

 って姉さん?何で? っていうか、どうしてお父さんとお母さんまで居るの?

 「茜、誕生日おめでとう」
 「茜~、おめでと~」
 「「おめでとう、茜」」

 え?どうなってるの?ちょっと状況が飲めないんですけど・・・。


 「まぁ、玄関先に突っ立ってるのもなんだから、さあ上がって下さい。」
 「うん、おじゃまするね。」

 なんかみんなぞろぞろ上がってくるんですけど~。やばい、ちょっとパニックかも。



 「ということで、改めて誕生日おめでとう、茜」
 「あ、ありがとう・・・。」
 「どうした?鳩が豆鉄砲食らったような顔して?」
  あ、あのねぇ・・・。そういうシチュエーションを作り出したのはあんただっちゅーに!

 「・・・えと、順を追って説明してもらえる?」
 「あー、そうだったな。元々みんなで盛大にパーティをやろうっていう計画はあったんだよ。勿論茜には内緒で極秘裏に進めてたんだけどな。」
 「なんで黙ってるのよ・・・。」
 「びっくりさせてやろうって思ってさ。で、予定通り早めに研修を切り上げて、いざ涼宮家に行ってみるとだ。」
 「遙ったら3回もケーキを焼くのに失敗しちゃって・・・」
 「おまけにデコレーションも2回程やり直してたよな、確か」
 ・・・姉さん、顔真っ赤なんだけど。また伝説を作っちゃったのかなぁ・・・。

 「ごめんね~茜~。でもね、お陰でほら、こんなに上手に出来たんだよ~。」

  姉さんが箱を開けてくれる。うわ・・・。本当に凝ってるよ。ほとんどお店で作ってるのと変わらないじゃん。



 「それでね、茜。実はこうやってみんなで集まったのには他にも訳があるの。」
 「ん?なんで?」

 「・・・それは俺から話すよ。」
 ちょっと神妙な面もちであの人がおもむろに口を開いた。


 「単刀直入に言うとだ、おそらく茜は遙との関係を知らず知らずのウチに悩んでいたんだと思う。もっとも、その原因は他でもない俺なんだけどな・・・」
 「・・・。」
 「それでだ、んー、なんて言うかな・・・。あの、ほら・・・」

 「やっぱり私が言うよ。だって、これは茜と私の問題なんだから・・・。」
 「遙・・・。」
 「姉さん・・・。」

  姉さんは静かに立ち上がると、真剣な目で、でも優しいまなざしで私をみつめた。

 「本当はね、茜が孝之君の所に行っちゃったのはね、悔しいんだよ。だって、私があの日に事故に遭わなかったら、多分孝之君の隣に居るのは私だったはずなんだから・・・」
  その通りだよ、姉さん。私が姉さんから孝之さんを・・・。


 「でもね、茜。」
 「・・・え?」
 「確かに悔しいんだけどね、茜が私の事を避けてるとか私との関係で悩んでいるとか、そういう茜を見てるのはもっと悔しいんだよ。」
 「・・・姉さん?」
 「あのね茜、結果的に私って孝之君には振られちゃったんだけど、でもこうやって孝之君は前と変わらずに私に接してくれるよ?事故に遭って、3年間も眠り続けて、まるで浦島太郎になっちゃったような、こんな私に。前と変わらない笑顔でほほえんでくれるよ?」

 「だからね、茜にも同じように笑顔でいて欲しいの。あの頃の、元気で太陽みたいな茜で。だって私、茜の笑顔がとっても好きなんだよ?パワーが貰えるっていうか、こっちまで元気になっちゃうっていうか・・・。うん、そんな感じだよ。」

 「遙・・・。」

  姉さん、なんでそんなに優しい目で私を見られるの?どうして・・・。

 「茜、香月先生がね、言ってたの。時間が一番残酷で優しいって。」
 「残酷で、優しい?」
 「うん。なんかね、今やっと解った気がするの。私が目覚めた時に、ゆっくりと時間が動き出して、孝之くんとか水月とか、周りの人たちを傷つけちゃったのも時間なの。でもね、それから流れていった時間が少しずつその傷を癒していってくれたの。」

 「・・・。」

 孝之さんがそっと私の肩を抱いて、優しく髪をなでてくれた。本当に優しく、なんだかとても気持ちがいいの・・・。

 「・・・孝之君はとても優しいよ。でもそれだけ傷つきやすいんだと思うの。私も・・・似たようなところがあるから解るんだ。だからね、これからは茜と二人で支え合って生きて行って欲しいの。だって茜は十分悩んだんだし、その気持ちはね、痛いくらい伝わってきてるんだよ、私も、孝之君も・・・。」

 なんだろ、なんか胸の奥に引っかかっていた棘がすっと抜けて行くような・・・。あれ?目の周りが熱いよ・・・。私、泣いてるの?

 「だめだよ、茜。こんなところで泣いてちゃ。せっかく私が勇気を振り絞ってお話してるのに。これじゃ私まで涙が出てくるよ・・・。」

 ああ、私は涼宮という家に生まれて、姉さんと姉妹で、本当に良かった。そして、この瞬間、孝之さんが傍に居てくれて・・・。


 「茜、実はちょっと前から遙とご両親の4人で一杯話し合って来たんだ。遙の気持ち、俺の気持ち、そして茜の気持ちを。そして、やっぱり俺がしっかりしなきゃダメだって思ったんだ。
 だって遙はこんな俺でも優しいって言ってくれるんだぜ?そして茜を大切にしてやってって言ってくれるんだぜ?仮にも俺たちは付き合っていた、その相手にそこまで言われるなんて、俺はなんて幸せなんだろうって・・・。そして、同時に嬉しくてさ。」

 孝之さんも姉さんと同じ、とても優しいまなざしで私を包んでくれている。だめ、もう涙止まらないよ。

 「だから茜、これからもきっと色々な事があると思うの。でもね、そんなときは孝之君とか私とか、みんなが茜の事を想って応援してるんだって、そう考えて欲しいの。そうすればね、きっとがんばれると思うから。茜もそして、私も・・・。」

 「姉さん、・・・ありがとう、・・・本当にありが・・・。」
 声にならなかった。もう言葉が続かなかった。姉さんの思い、そして孝之さんの想い。孝之さんは言葉にはしなかったけど、でもこの肩にかかる温もりが心に語りかけてくれている。

 気がついたら、みんな泣いていた。お父さんとお母さんまで泣いていた。ひょっとしたら、二人が泣いているのって初めて見るかもしれない。そんな二人を見て、また涙が出てきちゃった・・・。

寂しくは無かったんだ。
みんな、ちょっとだけ歯車がかみ合って居なかったんだ。
本当の想いは、一つだったんだ。



 「さて、と。ひとしきり泣いたから、今度はこっちだな」
 孝之さんが、涙をぬぐいながら、いそいそとテーブルの上に料理やらなにやら広げ始めた。
 姉さんも手伝っている。さて、ちょっとだけど、心の棘が楽になった事だし、私も・・・。って?

ネエサン、ナゼワタシノカラダヲオシテイルノデスカ?

 「ほらほら茜~、今日は主賓なんだから、座っていればいいのー。」
 「そうだな、茜は祝って貰う方なんだからな。」
 「そうそう。ほら、ここに座って座って。」
 涼宮家ってこういうところは息がぴったりなんだから。なんだか笑っちゃう。


 「さて、と。じゃ、10月20日、涼宮茜が生まれた聖なる日を祝って、乾杯の音頭といきますかねぇ・・・。」
 孝之さんがグラスを上げる。皆もそれに従う。
 「では、主賓である涼宮茜さんより、一言頂きましょうか。」
 「へっ?聞いてないんだけど・・・。」
 「当たり前だよ~。前もって言ったら茜いやがるでしょ?」
 ・・・姉さん、実に良いところを突いてきますね。おっしゃる通り。ま、こういうのもアリかな。


 「では、簡単に・・・。今日は、多分今までで一番心に残る、そしてこれからもずっと思い続けていく誕生日になると思います。みんなありがとう。本当にありがとう。

 そして、お父さん、お母さん、姉さん、そして孝之さん、
 あなたに出逢えて・・・。 本当によかった。
 これからも宜しく御願いします!!」


 拍手がおこる。そして乾杯。今日のビールはいつもよりほろ苦くて、でもとても美味しくて。ずっと忘れられない味になるのだろう。

あなたに出逢えて・・・。
ありがとう、そしてこれからもずっと・・・。

Fin

後書き・・・のようなモノ

 いや~もうめちゃくちゃです(笑)。やっつけ仕事っていうのがバレバレですね。
 当初はもうちょっとというかかなり笑える方向に持っていくつもりだったんですけど、いつのまにかベクトルが変わってしまいました(^_^;)
 ぶっちゃけ「あなたに出逢えて」っていうのは、茜ちゃんと孝之とのラブストーリー(笑)でいう所の孝之が「あなた」のはずだったんですが、いつの間にか遙たん登場するわ、台詞長いわ、ほとんど遙聖誕祭のSSみたくなってしまいました(マテ

 ちなみにタイトルの「あなたに出逢えて」というのは、実は谷村有美さんの楽曲タイトルからちょっと拝借しました。私が一番好きな曲なんです。詳しくは検索してみて下さい。女性の切なくそして希望に満ちた詩が切々と綴られています。

 それでは最後に。
 当SSをご覧頂きまして、本当に感謝致します。ありがとうございました。m(__)m